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 おはようございます。
先週もお伝えしましたが、あの忌まわしい東日本大震災から今週でもう丸14年になりました。
人間の記憶は、昨日の晩ご飯に何を食べたかも忘れるくらい曖昧で、一日で7割くらいは忘れてしまうそうです。
 そういう意味で後世にしっかりと、教訓として災害の記憶を残し、伝えていかなければなりませんね。まさに、「天災は忘れた頃にやって来る」です。ということで今朝も、先週の続きのお話をご紹介させて頂きます。

 先週に続き東日本大震災の2日後、2011年3月13日に被災地に取材に入ったアメリカ大手メディアABCニュースのアンカー、ダイアン・ソイヤーのお話をご紹介させて頂きます。

②『緊急事態だ!早く日本を移せ!』

 ダイアンたち取材陣はさらに被災地の奥へと車を進めて行きました。
激しく被害を受けた被災地の様子を見ながら慎重に車を進めていく取材陣。

 その時突然ダイアンは、またも被災者たちの姿に目を奪われ、「止めて」と声を上げたのです。
ダイアンの指差す方向には多くの人々が集まっている様子が見えました。

「あれは一体?」

車を止めて警戒しながらそちらの様子を伺うダイアとスタッフたち、どうやら食料品店らしい看板が見えます。

「人がすごく集まっていて、店が襲われているんじゃないか?
 このまま進むと巻き込まれるぞ!迂回しよう」
と語るスタッフ。

 一瞬、車の中に緊張が走りました。
しかしダイアンは人々が集まっている姿を見つめ、つぶやきました。

「よく見えないけど、人がたくさん集まっているわりには静かじゃない?」

 恐る恐るゆっくり車を進めていくと、一人のスタッフが声を上げました。

「違う。あれは暴動じゃない。あの人たちは並んでいるんだよ!」

 前方の人々を指差し叫んだその声に、ダイアンは思わず耳を疑ってしまったのです。

「並んでいる?そんなことってあるのかしら?」

 激しく倒壊した建物が並ぶ街の中で、ようやく残っていた店の周りに集まった多くの人々。
住む家は崩れ落ち、誰もが食料や水、燃料等が手に入らない状態に陥っているのに。
そんな悲惨な状況の中にある人々が、この凍りつくような寒さの中で並んでいるというのでしょうか?半信半疑のままでダイアンたちは用心しながら車を進めます。

 そんな彼女の目の前に現れたのは、ある商店の前に長い列を作っている人々の姿でした。
身を切るような冷たい風が吹く3月の曇り空の下、多くの被災者たちが食料品店の前に並んでいたのです。

 しかし、その人々は不満や苛立ちで叫んだり、列を乱して店に押し寄せようとする様は全くありませんでした。
護衛の警察官の姿さえ見えないのに、誰もがただ静かに順番を待っていたのです。
これほどの大災害に見舞われて、命をつなぐ食料や水さえ充分ではなく、安否不明の人々も多数いる中でです。
 アメリカを含め世界の他の国なら、激しい暴動や物資の奪い合いが起こっているような、まさに危機的状況です。
それにもかかわらず、なぜこの日本人たちはこんなにも冷静でいられるのかと、ダイアンは愕然としたのです。
深い悲しみをこらえながら、彼らはひっそりと何時間も並んで、食料を手に入れようとしていました。

 そんな人々の姿に、ダイアンは人類の尊さと社会秩序の美しさを見出すことができたのです。
ダイアンは車から飛び降りスタッフに叫びました。

「インタビュー、行くわよ!」

 ダイアンと撮影スタッフたちは列に並ぶ人たちに近づき、取材とインタビューを始めたのです。
列に並んでいる被災者にマイクを向けると、食料を買うためにもう3時間待っているとの答え、その小さな食料品店では、1袋ごとに缶詰や野菜、飲料水などを分け、順番に被災者たちに販売していました。
 被災者たちはその食料の袋を受け取ると、お礼を言いながらお金を払ったのです。

「信じられない。彼らはどうしてこんな時なのにカネを払って食料を買ってるんだ?」
(カメラマン)

「どうして奪い合いにならないのか?訳がわからない」
(撮影スタッフ)

 目の前で起こっていることが理解できない取材スタッフたち。
しかし、マイク向けられた被災者たちは当たり前のようにこう答えたのです。

「食べ物がないのはみんな同じだから、文句を言っても仕方がないでしょう」

「お店の人だって大変なのに、こんな時に店を開けてもらえて、感謝してますよ」

「いとこが瓦礫に埋まったままで、叔父さんや叔母さんの辛さを思ったら、並ぶことくらいなんでもないです」

「隣の家のおばあちゃんは足が悪くて、私が代わりに買いに行きました」

 それら被災者の言葉を聞いたダイアンは、カメラに向かってこう語りかけました。

「私に食べ物を分けてくれたり、寒空に何時間も並んで食料を買っている被災者たちの冷静で穏やかな振る舞いは、私にとって衝撃的なものでした。
 彼らの穏やかな姿や言葉を聞いて、もしかしたら、これらの話が真実だとは思えない人もいるかもしれません。
 でも、これらは紛れもなく真実なんです」

 ダイアンはこの人々に大変深い敬意を感じ、この大きな悲劇とともに、物静かで秩序だった日本の人々の姿を世界に知らさなければならない!という決意を改めて抱きました。

 荒廃した被災地をさらに車を進めていく資材陣。
ここでダイアンは、またもや言葉を失うことになります。
またもある商店の前に、多くの人々が集まっている様子を見つけ、慌てて身を乗り出しました。
倒壊した建物の並ぶ街の中、わずかに残ったスーパーで配給が行われている場面を見つけました。

 ダイアンたちは再び車を降りて取材を始めます。
ここでも被災者たちは整然と列を作り、順番に配給物資を受け取っていました。
そんな人々に地震の様子や現在の避難所の状況などを聞いていたダイアンですが、一人の少女の姿が目に留まったのです。
長い配給の列の中にたたずむ、まだ小学生くらいのその少女は、この寒さの中で異様な薄着で震えていました。その上、保護者らしい大人の姿も見えません。

 コートも着ておらず、薄手のTシャツ姿のその少女に、ダイアンは思わず声をかけずにはいられなかったのです。

「寒くないの?」

と問いかけるダイアンに、無言で首を振ってみせる少女。
きっと警戒しているのだろうと思いながらも、さらに問いかけずにはいられませんでした。

「ご両親やご家族の方はどうしたの?」

 その言葉に、少女の中で何かがプツリと切れたように、その瞳にみるみる涙が浮かんだのです。
少女は懸命に涙をこらえ、唇を噛みながら、途切れ途切れに語り始めました。

「お父さんが学校へ迎えに来てくれるって言うから、待ってたんです。
 でも、お父さんの車が津波で流されていくのが学校の窓から見えて・・・」

 ダイアンはその答えに、はっと息を飲み込みました。
この少女は津波に流されていく父親を見送ったのだと思うと、もう言葉が出ません。

「私の家は海の近くにあって、お母さんや弟もそこにいたから、どうなったかわかりません」

 ポツリポツリと語る言葉に、ダイアンの目の奥が熱くなっていきました。
思わず自分のマフラーを外すと、少女の首にかけたダイアン。

「これを受け取って、お金はいいから、あなたが使ってね」

 そしてさらに、自分たちの手持ちの非常食を彼女に手渡したのです。
少女はびっくりしたように、そのマフラーと非常食を見つめましたが、やがて丁寧にお礼を言うと、受け取った非常食をダイアンに返しました。

「こんなにたくさん、受け取れません」

 少女は首にかけられたマフラーに手を添えると、頭を下げました。

「本当にありがとうございます。
 私は大丈夫なので、これは、私よりもっとお腹を空かせている人にあげてください」

 そういった少女の瞳は凛として、清々しい輝きを放っていたのです。
こんなに幼くて、家族の行方さえ知れない状況で、どうして他人のことを思いやれるんだろう。
ダイアンの目には、こらえきれない涙が浮かんでいました。

 なんて立派な子なんだろうと、彼女は胸がいっぱいになりました。
このような災害の中でも、決して失われない人間の崇高さ、それがその幼い少女の瞳にも輝いていることに、彼女は深く感動せずにはいられなかったのです。
 この少女や被災者たちの姿は、ダイアンの特番の中でも、大変大きな注目を集めることになりました。どんな災害や困難の中でも、他人に対する思いやりを忘れず、礼儀正しい被災者たちの姿は、大きな感動と反響を巻き起こしたのです。

「我々がこの震災で決して忘れてはならないことは、被災者たちの冷静な振る舞いと思いやりの心だろう」
(番組出演者)

「この少女だけではなく、お年寄りたちに至るまで、彼ら日本人の中に世代を超えて受け継がれている精神的な文化を表している」
(番組出演者)

 視聴者からも被災者たちの姿を称賛する多くの声が寄せられました。

「家族の行方もわからず、どれほど不安か知れないのに、こんなに他人を思いやれるなんて…」

「この少女は、人間という存在の素晴らしさを我々に思い出させてくれた」

「どの被災者の方たちも、このような混乱の中でも冷静で秩序を保っており、しかも温かくて優しいことに心から感激しました」

「自分の必要以上に欲しがらない、慎ましい少女の姿を見ていると、まさに人間が獣とは違うものだということが理解できた」

 スタジオの解説者たち、そして視聴者たちの心に深く刻まれた被災者たちの静かな慎ましい姿。
それは、世界中の視聴者たちの心に深く感動を刻むことになったのです。

【世界が見た日本 チャンネル】より

来週へ続く