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おはようございます。
さあ、3月に入り桃の節句も終わりました。まだ少し寒さを感じますが、日差しは確実に春になっているなと感じます。
もうすぐ卒業式、入学式、そして桜が咲くなあと思うとウキウキしますね。
さて、今年1月10日に行われた奈良市の消防出初式で、国歌斉唱の際に起立しなかった共産党の県会議員の動画が拡散され大炎上していましたが、逆に、先月行われたミラノ冬季五輪で、りくりゅうペアが大逆転で金メダルを獲得した際、その表彰式で「君が代」が流れると同時に歌詞の英訳、イタリア語訳がスクリーンに映し出され、会場中が涙して、大変な大きな話題になりました。
今朝のやさしさ通心では、その内容をご紹介させて頂きます。
りくりゅうペアが世界歴代最高得点で大逆転した圧巻の演技にも大変感動しましたが、この表彰式も感動的でした。
一番下には、「君が代」の英訳動画が900万回再生され『なぜ私は泣いているの…』という一年前の動画と、消防出初式で起立しなかった議員を批判する『日本共産党議員 国歌斉唱拒否で大炎上』という動画も掲載させて頂きました。
お時間のある方は、ぜひそちらもご覧下さいね。
『こんなの国歌じゃない。会場中が涙した衝撃の理由』
私はヨーロッパのスポーツジャーナリストとして、これまで数多くの国際大会を取材してきました。2026年の冬、イタリアのミラノで開催されたオリンピックの氷上で、私は生涯忘れられない奇跡の瞬間に立ち会うことになります。
フィギュアスケートのペア競技において、日本代表の三浦瑠来選手と木原龍一選手のニ人が、誰も予想できなかった歴史的な大逆転を見せてくれたのです。
この二人のプレッシャーを乗り越えた圧巻の演技にも大変感動しましたが、その後の表彰式でも、更に感動させられました。国際大会の表彰式で他国の国歌が流れる際、拍手や手拍子が起こることは決して珍しくはありません。
しかし、この時のミラノのスケートリンクの空気は全く違っていました。
どこか神聖で、深く静かな調べが響き渡ると、誰もが息を呑むようにして、自然と耳を傾けていたのです。実はこの表彰式では、大会側による特別な試みが行われていました。
会場を見下ろす巨大なスクリーンに、国歌の歌詞が英語とイタリア語に翻訳されて映し出されたのです。私を含む多くの外国人ジャーナリストは、そこに記された言葉の意味に目を奪われました。
「あなたの命が、どうかいつまでも長く続きますように小さな石が長い年月をかけて大きな岩となり、そこに苔が生えるほど永遠に、あなたが幸せでありますように」
その翻訳の文字を読んだ瞬間、私の周囲にいた観客たちの表情が一変しました。
ただの驚きはすぐに深い感動へと変わり、あちこちから静かな“すすり泣き”の声が聞こえてきたのです。私の隣で取材をしていたイタリア人の女性カメラマンも、機材を下ろし、頬に暖かい涙を伝わせていました。
国を代表する歌に、これほどまでに深い祈りと無償の愛が込められていることに、私たちは強い衝撃を受けたのです。ただ静かに相手の永遠の幸せを願うその尊いメッセージは、国境や言葉の壁を越え、ミラノの会場にいたすべての人々の心を打ちました。
三浦選手と木原選手が流した歓喜の涙とはまた違う、静かで美しい涙が、会場全体を優しく包み込んでいったのです。開催地であるここイタリアの人々にとって、この静かな穏やかな国歌がもたらした衝撃は計り知れないものでした。
なぜなら、情熱の国と呼ばれる彼らの国歌は、皆で隊列を組み、命を賭けて祖国のために戦おうという、非常に勇ましく熱い内容だからです。
実は、イタリアに限らず、世界のほとんどの国の国歌は、戦争や革命といった激しい歴史を歌い上げています。
例えば、フランスの国歌であるラ・マルセイエーズには、「市民よ武器を取れ」という非常に力強い言葉が刻まれています。アメリカの国歌もまた、空中で炸裂する爆弾、ロケットの赤い閃光など、激しい戦闘の情景を生々しく描いたものです。
これらは、先人たちが血を流して勝ち取った国家の独立や、勝利の喜びを高らかに称え、国民に強い誇りと勇気を与える役割を担ってきました。私たち外国人にとって、国歌とは自国の力を強大に誇示し、敵との戦いに勝つことを誓う歌であるのが、ごく当たり前の常識なのです。
しかし、日本の国歌である君が代には、誰かを打ち負かそうという言葉や、血なまぐさい争いの表現がただの一つもありません。ただひたすらに、目の前にいる大切な人の命がいつまでも長く続き、その幸せが永遠に保たれることだけを純粋に願っているのです。
この美しい歌詞の起源は、なんと千年以上前の平安時代に編纂された古今和歌集の一節にまで遡ると聞きました。誰が詠んだのかも分からない名もなき愛の歌が、そんなにも大昔から他者の平穏と幸せを祈る歌として大切に受け継がれてきたという事実に、私はただただ言葉を失うばかりでした。
イタリアの熱狂的な観客たちが静寂に包まれ、静かに涙を流した理由はまさにここにあります。
他国を威嚇するような戦いや勝利の雄叫びではなく、他者への深い慈愛と祈りこそが国を代表する歌になっているという奇跡、それは、闘争の歴史を誇りとしてきた私たち西の価値観を根底から優しく揺さぶるほど、信じがたいほどに美しく、そして崇高な精神の結晶だったのです。
君が代が特別なのは、その美しい歌詞だけではありません。
会場に響き渡ったメロディーそのものが、他の国歌とは一線を隠す神秘的な響きを持っていました。力強く高らかに勝利の雄叫びを上げる西洋の音楽とは対照的に、静寂の中からゆっくりと立ち上がり、永遠の時を感じさせるような不思議な音階です。
同僚であるアメリカの音楽評論家も、西洋の音楽理論だけでは到底説明しきれない、日本古来の伝統音楽の系譜を受け継ぐ深い精神性が宿っていると分析していました。
【日本に生まれてよかった】チャンネル
▢国歌斉唱で起立しなかった県会議員、卒業式や入学式でも起立しない教師も出てくるのでしょう
か?
彼らは、君が代の歌詞の意味を理解しているのでしょうか?
そんなに日本が嫌いなら、日本から出て行けばいいのにと思うのは私だけではないと思います。
そんな嫌いな日本の税金で給料をもらっていることに、疑問を持たないのでしょうか?
