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おはようございます。
連日、3月中旬とは思えない寒さが続いていましたが、今日はその寒さも少し緩むようで嬉しいですね。さて、今週3月11日は、あの忌まわし東日本大震災丸15年目の日でした。死者1万5,901人に加え、いまだに2,519人が行方不明。更に避難所等で亡くなった震災関連死の方が3,810人、そして今なお2万6,281人の方がが避難生活を続けておられます。
多くの人が、だんだんと記憶のどこかへ忘れ去られる震災の記憶ですが、やさしさ通心では、毎年この週だけは思い出す週にしたいなと思っています。
『東日本大震災の時、津波に巻き込まれたドイツ人の家族を助けた日本人』
「浮世絵の景色を見たい」、そう思って来日した3人家族。
シュピールベルグさん一家は宮城で津波に遭い、仙台へ避難する途中乗っていたタクシーごと巨大な波に飲み込まれた。
一家は建物の2階に必死にしがみついていたが、力尽きかけたその時、同じく流されてきた日本人男性が手を伸ばして、彼らを建物の中へ引き上げた。
男性は、瓦礫で足を負傷していたが、それを悟られないようにし、水に浸りながら乾いた布団を探してきて掛け、「頑張ろう!」と一晩中声を掛け続けた。
ペンで壁に水位の後を刻みながら、「減ってるぞ!」と何度も声を掛け、励まし続けた。避難所では、言葉の通じない一家を地元の人々が懸命に世話をした。
やがて一人の男性が、自らの車で新潟までの長い雪道を走り、彼らを送り届けた。途中でガソリンが尽きると知人に連絡し、その家族が風呂と食事を用意して暖かく迎えた。
翌朝、一家は無事に帰国の途についた。出発前、避難所の人がそっと封筒を渡してくれた。
その中には、現金が入っていた。
ドイツ帰国後一家は国内で募金活動を行い、日本の被災地へ1000万円を寄付した。
ドイツ国営放送では、この出来事が『奇跡の日本人』として特集され、後に、この男性も探し出され一家と再会を果たした。
「なぜ助けてくれたんですか?」
と問われた男性は、
「『日本なんかに来るんじゃなかった』と思って欲しくなかったから」
と答え、娘のヨハンナさんは、
「暖かい日本人の心と、新潟へ向かう途中に見た一面の雪景色は一生忘れられない」
と、涙ながらに語った。
【kokoronisapuri】より
津波にのまれたドイツ人一家救助
